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自閉症の講演会 [アンおばさんの教育ミニコラム]

講演会やシンポジウムからはしばらく遠ざかっていたのですが、久し振りに、「日本子どもソーシャルワーク協会」が主催する「自閉症論の原点」という話を聞いてきました。

不登校の生徒やひきこもりの若者の中に、高機能自閉症(自閉症のうち、知能が平均か平均以上の場合をさす)、あるいはアスペルガー症候群が含まれていることを聞いていたからです。

自閉症が、①人と気持ちを共有できない、相手の気持ちがわからないなど対人関係に障害があること、②言葉を一方的に使い、相手に合わせた会話ができずに、同じ言葉の繰り返しが多く見られるというコミュニケーションの障害であること、③興味や活動が限定的で反復を好む、というおおよそ3つの特徴があり、それが3歳以前から現れていたら「自閉症」と診断されることは知っていました。けれど、別の角度からの話が聞けるのではないかと思ったことが、講演会に出かけた理由でした。

協会では毎年、「不登校・ひきこもり」に関するシンポジウムも開催していますが、そのスタンスに共感できる部分がたくさんあって、自閉症と犯罪少年とを短絡的に結びつけて考える社会とは一線を画した話が聞けると思ったからです。

「不登校・ひきこもり」については、今の子どもの置かれている状況や、その背景にある社会のさまざまな問題には目を向けずに、「学校に行っていない」、「働いていない」、「親に甘えて生活している」という表面的な部分だけを見て、彼らを問題視する社会の風潮に疑問を投げかけています。
講師とシンポジストは、「日本子どもソーシャルワーク協会」の理事長で、ソーシャルワーカーの寺出壽美子さん、児童精神科医の高岡健さん、社会評論家の芹沢俊介さんでした。

講演内容は想像どおり、私が聞きたかった共感のもてる内容でした。
少年が事件を起こして、たまたまその少年が高機能自閉症やアスペルガー症候群だったりすると、障害名だけが取り上げられて、障害ゆえの生きづらさを抱えて生きてきた彼らをそこまで追い詰めたものは何だったのか、彼らに対する周囲のまなざしはどうだったのか、という視点が欠けていたのではないかという点を言及していました。

一番印象に残った内容は、“「自閉症」の人たちの方が人間存在の原点に近くて、むしろ一般人のほうが原点から遠ざかっている”という意見でした。さらに、「不登校やひきこもり」の子どもたちや若者と接していると、ほっとする、癒される、それは彼らがピュアだからという話も出ました。

私は、今の世の中は、自分のことしか考えない人たちが増えていると感じていますが、そういう人たちに合わせられないとしたら、「自閉症」や「不登校やひきこもり」はちっとも悪くないと思います。
むりやりに自分を殺して他人に合わせて生きるのではなく、自分に正直に、素直に生きているとも言えると思います。

医者ではなく教師によるラベリングで、自閉症の子どもたちが特別支援教育に組み込まれ、当事者である子どもや親が傷つけられることも、百害あって一理なしとということでした。

最後になりますが、「自閉症」の人たちに合う教育は、一般の人たちの教育にも役立つという考え方にも、わが意を得たりという思いで、大いに共感しました。自宅でやっている「家庭塾」も「不登校、学力不振の」とついてはいますが、実は、どの子どもたちの能力も引き出すことのできる教育だと信じているからです。
それは、「すること」「出来ること」だけを要求する教育ではなくて、子どもが今、ここに存在するという「ある」を出発点とする教育にも通じると思っているからです。



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