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浜崎あゆみのライブと森山良子のコンサート [アンのこと]


4月11日、「さようなら不登校」のAyuちゃんと“さいたまスーパーアリーナ”で開催された「浜崎あゆみのライブ」に行って来ました。
浜崎あゆみのライブに行くことは、あゆのファンであるAyuちゃんのかねてからの夢で、アンもその希望を叶えてあげたいと思っていました。
そのために、去年から動いてはいたのですが、チケットを手に入れるのも大変だということがわかり、その方面には慣れているアンの娘に協力してもらい、先行予約の抽選に申し込みました。

簡単には当たらないという予想に反して、抽選で当たったのは14枚。Ayuちゃんとアンの分を除いても、残り12枚を売りさばかなければならなくなりました。
半分の6枚は比較的簡単に買ってくれる人が見つかったのですが、残りの6枚は大変で、アンの娘はそのために多大なエネルギーを使ったうえに、ストレスまで抱え込むことになりました。
結果的には、公演日の前々日になってやっと全てのチケットの引き取り手と連絡がつき、事なきを得たのですが、忙しい仕事の合間を縫って協力してくれた娘には、感謝の気持ちよりも、「ごめんね」という思いを強く感じました。

そして、いよいよ浜崎あゆみのライブ当日になりました。
彼女については、年代的なこともあって興味や関心もなかったし、歌っている歌も知らなかったので、全く期待していませんでした。
そんな私とは対照的に、Ayuちゃんは、始まる前から「胸がドキドキする」と言って興奮していました。

開演した瞬間、場内が暗くなり、青いペンライトがいっせいに揺れ始めました。
それは私が見たこともない光景で、その美しさたるや夢の世界にいるようでした。
あゆの登場とともに1万6千人の聴衆全員が立ち上がり、手拍子を打ったり、体を左右に揺らしたりしてリズムを取り始めました。
それはオープニングの曲だけでなくて、2時間半にわたる公演の間ずっと続いていました。
アンもその中の一人として(後半は、座りましたが)、あゆの太くて張りのある声とダイナミックな動きに魅了されました。
そのうえに素晴らしかったのは、彼女と一緒に踊っていたダンサーたちの見事な踊りでした。
知らない曲ばかりなのに、飽きることなく聴き続けていられることが、不思議でもありました。
演出効果もあったと思いますが、それ以上に、ライブ独特と思われる熱狂の輪の中にアン自身も身を委ねることができたからだと思います。
とても楽しく、高揚感を持った心地よいひと時でした。
おそらく、Ayuちゃんの家庭教師をしていなければ、浜崎あゆみのライブに行くこともなかったでしょう。
このように、生徒はいつも私の好奇心を満たしてくれる何かを運んできてくれたり、楽しい気分にさせてくれます。
だから、アンはいつまでも若々しく(?)いられるのだと思います。

あゆのコンサートの翌日は、森山良子のコンサートに行きました。
毎年、必ず夫と行くコンサートで、もう20年以上になります。
母の介護は義妹が引き受けてくれました。
どういうわけか、浜崎あゆみのライブに比べると色あせて見えました。
ここ数年は、少々マンネリ気味で、去年あたりからもうそろそろ終わりにしようかという話はしていたのですが、あゆのライブと比べてみて、その感をいっそう強くしました。
なぜ楽しめなくなったかというと、アンの聞きたい曲ではなく、主催者側の聞かせたい曲ばかりが歌われていたからだと思います。
新しく出たCDの中に入っている曲ばかりで、馴染みもないし、営業的な臭いがして引いてしまうのです。
心に響く曲もありませんでした。
こんなふうに感じるのは聞く側のアンが変わったのか、それとも歌い手である森山良子の問題なのか、よくわかりません。
もちろん、抜群の歌唱力は変わりませんし、感動して聞かれた方も多かったと思います。
ただ、アンの感性には合わなくなってきたということだと思います。

それでは、これからは森山良子のコンサートはやめにして、浜崎あゆみのライブに行くかというと、そうはならないと思います。
今、一番行ってみたいのは竹内まりあなのですが、開催予定があるのかどうかも定かではないし、だとしたら、そろそろ歌ではなくて、落ち着いてクラシックを聴くのもいいかな、などと思ったりもしています。


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