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母の三回忌を終えて [アンのこと]

自宅で私たち家族と一緒に住んでいた母が亡くなってから丸2年が経ち、先月三回忌も終わりました。それから間もなくしてお彼岸に入り、お墓参りもしました。
母の死から2年近くは、家族や友人たち、生徒たちに囲まれ充実した日々を送りながらも、寂しさや虚しさがいつも心の底にあって、母のいない人生が色あせて見えることも事実でした。
それだけ、私の中では母の存在は大きかったのだと思います。

ところが、3回忌を迎える頃から気持ちに変化が起きました。
それまでは、家にいても外出した時にでも、母の面影が目の前に大きく浮かんできて、それでも現実にはいないという寂しさに胸が塞がる思いだったのですが、いつの間にか、面影が小さくなって遠のいていき生身の人間としての母が消えていったのです。
お墓参りに行っても、そこに母がいるとは感じられずに、夢うつつに手を合わせていたのですが、今は、そこに母が安らかに眠っていると思えるようになりました。
やっと、母の死を受け入れられるようになったのかもしれません。

終の棲家になった私の家での3年弱の日々も、それ以前に介護のために実家に通い続けた歳月も、以前の母とは比べものにならないほど面倒で厄介な人になってしまって、その間のストレスも相当なものだったことは確かです。
亡くなった当時は、母のいいところばかりしか思い出されませんでしたが、今では冷静に振り返ることも出来るようになりました。
それでも10年近くの介護生活の中で私を苦しめた母の言動も、母の責任ではなく、人が年をとっていく過程で、どうすることも出来ないことだったのだと今になって気がつきました。
一緒に住むようになってからは、一日中、私の動向だけを気にして、あれこれ口を出してくる母に対し、きちんとやっているつもりなのに私を信用できないのかと腹を立てることもしばしばでした。それも信用できないのではなく、気になることを口にせずにはいられない、高齢者の特性だったのだと理解できるようになりました。

そうした晩年も含めて、やはり母は私にとってはかけがえのない、日本一の母だったと思います。
溢れるほどの愛情を注いでくれたことと、いつでもどんな時でも私を認めてくれたことが現在の私を作ってくれたように思います。
「よく、頑張るわね」が、母の私に対する口癖でした。

今後は、人生が色あせて見えるとか、虚しいとか甘えたことは言わずに、「母のいない人生」を、母がそうしたように、一日一日を丁寧に生きていこうと改めて思いました。
私が悲しまないことが、天国に行った母の望みでもあるでしょう。

以前より疲れが残るようになった私自身の体のことも、歳のせいにはしないで(体を労わりつつにはなると思いますが)、「まだまだ大丈夫!」とプラス思考で、必要だと思ってくださる方がいるかぎり頑張っていきたいと思っています。
ブログを読んでくださっている方々、現在、過去、そして未来の生徒や保護者の方々、今後ともよろしくお願いします。



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