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家庭塾卒業後の生徒たち(3) [生徒]

前々回の記事、“学校という組織(都立チャレンジ高校)”では、チャレンジ高校の立ち位置や雰囲気が変わった感じがして、アンのチャレンジ高校に対する好感度が以前と比較して下がっていると書きましたが、チャレンジ高校に入って良かったという生徒もかなりの確率でいることは確かだと思います。

今日は、その生徒たちについ書いてみたいと思います。

一人目と二人目は、2013年チャレンジ高校受験を振り返って(2)のMちゃん(ブログに載せる絵も書いてくれました)と、2016年チャレンジ高校受験を振り返って(2)のK君です。
二人共、不登校の生徒で、姉弟でした。

今年の2月にお母さんからいただいたメールをそのまま紹介させていただきたいと思います。

===略===
お陰様で、Mは、もうすぐ無事に卒業出来そうです。何度も体調を崩しながらも頑張りました。
Kは、土、日も大好きな部活を頑張っています。
なんと、今のところ学校を皆勤なんです。
今が、一番楽しいそうです。
===略===

補足すると、Mちゃんは、チャレンジ高校は、体調の問題もあって、当初から4年かけて卒業する予定だったので、今年卒業でした。
昨年の11月には、Mちゃん自身から直接に電話があり、希望していた美術、デザイ系の専門学校に推薦で合格したといううれしい報告がありました。
また、子どもたちのために、昼も夜も働き続けていたお母さんも正社員になれたとのことで、メールをいただいた時点で、一足先に、春の気配が感じられ、うれしくなりました。


3人目は、2014年チャレンジ高校受験を振り返って(2)のC子ちゃんです。不登校ではありませんでしたが特別支援学級に通っていた生徒で、都立チャレンジ高校には不合格になり、都立エンカレッジ高校に進学した生徒でした。
記事が後追い後追いばかりになっていますが、C子ちゃんは、去年の11月、大学の指定校推薦が取れたとのことで、試験の前日、面接の練習にアンのところに来ました。それ以前にも、連絡があり、大学受験のためにアンのところに再び通って来たいという申し出は受けていたのですが、指定校推薦なら在籍高校の指導で大丈夫ではないかと、その時のアンは答えていました。ところが、前日にやって来たCちゃんは、自分なりにシュミレーションして、いろいろ面接の練習もしていたようですが、受験する大学についての情報も不足していたり、英語の先生になりたいという将来の夢は明確だったものの、その実力が足りない気がして、そこを面接で突つかれたらという不安が胸をよぎり、もっと早くに指導を開始していれば良かったと後悔しました。
結果は合格でした。
この4月から、C子ちゃんは大学生です。

特別支援学級の中等部から、普通の高校に入学するのは大変で、そのまま高等部に進む生徒が圧倒的に多いという情報は、この時期に、そして今もアンの耳にも入っています。けれど、C子ちゃんの能力を認めているお母さんの思いと情報収集力、チャレンジ高校に不合格になっても、合格したエンカレッジ高校で優秀な成績を修めたC子ちゃんの頑張りが実って、大学にも合格しました。

特別支援学級からは、2012年チャレンジ高校受験を振り返って(2)のK君が、昨年、一浪して大学に合格しましたが、Cちゃん、K君に共通するのは、根性があること、努力できることだと思います。

4人目は、2015年チャレンジ高校受験を振り返って(2)のO君です。O君は今年、チャレンジ高校の3年生になった生徒です。この5月にお母さんから連絡があり、大学のAO入試を受けたいので、アンに論文と面接を見てほしいとのことでした。中学の時は不登校でしたが、高校には毎日通って、部活もやり、クラスでも上位の成績をキープしているようです。5月は中間テストの時期なので、尋ねたところ、「頑張らないといい成績は取れない」と言っていたので、その言葉からO君の頑張りが伝わってきました。
O君が大学受験で、またアンのところに来ることになるのは、想像していなかったので、うれしい限りです。

O君は倍率が高いチャレンジ高校の生徒ですが、今、改めて思い起こしてみると、無理、無理と言いながら、勉強についてもやる気のある生徒だったのだと思いました。
そのやる気は本物で、面接や作文にも表れていたのだと想像できます。

O君との受験勉強はこれから本格化しますが、チャレンジ高校受験とは違い、アンも受験する学部に関係する知識が求められるので、そのために必要な本を読んだり、新聞もこれまで以上に丁寧に読み、切り抜きも始めたところです。
オープンキャンパスにも行こうと思っています。

最後になりますが、O君と同じ2015年に受験し、チャレンジ高校が合わなくて、やめたいと言っていたEちゃんも、思い直して何とか学校に通っているようです。
彼女も頑張り屋なので、前を向いて歩み続けてほしいと思っています。




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家庭塾卒業後の生徒たち(2) [生徒]


前回のブログの続きです。

2人目は、2015年「チャレンジ高校受験を振り返って(2)のA子ちゃんです。

A子ちゃんとは、昨年、チャレンジ高校に入学したての頃は、家庭塾で「不登校の生徒のしゃべり場」的なものをやっていて、そのメンバーにもなっていたので話を聞く機会もあったのですが、それからすぐに連絡が取れなくなって(メールアドレスが変わったためで、よくあることなのですが)、気になってお母さんにメールしたところ、お母さんから折り返しの電話があり、親子で近況報告に見えたのです。

昨年から、夏の短い期間だけ、花屋やでバイトしているというA子ちゃんは、手づくりのフラワーアレンジメントを持って来てくれました。アンが5月に鎖骨と肋骨を骨折したことを知って、そのお見舞いだというのです。この時期に、アンの体はすっかり回復していたのですが、思いがけないA子ちゃんとお母さんからのプレゼントに気持ちがふぁ~っと柔らかくなりました。うれしかったです。ピンクをベースにしたやさしい花々でした。

チャレンジ高校受験の折りには、お母さんやアンは、出来ることなら午前部か、午後の部に行ってほしいと思っていたのですが、Aちゃんは自分の意思を貫き通しました。結果は正解だったようです。夜間部が合っていたようで、午前部や午後部は賑やかすぎて、もしそこに入っていたらやっていけなかったかもしれないと言っていました。
先生方もいいそうです。

受験の時から、高校に入ったらアルバイトをして、早く自立したいと言っていたA子ちゃんでしたが、それは実現出来ていました。
夏の花屋さん以外に、週に何日か、学校に行くまでの時間、飲食店で働いているそうです。
バイト先も簡単に決まったわけではなく、面接もかなり受けたと言っていました。採用する側の基準がわからないだけに、続けて落ちるとへこむものですが、アンの知らないところで、A子ちゃんは頑張ったのだと思います。

チャレンジ高校は出席率が大事なので、それを尋ねたところ、バイトは休まないけれど、学校は時に休むことがあるとのことでした。バイトを終えてから学校に行くので、バイトのある日は休まないそうです。
欲しいものが沢山あるようで、そのためのお小遣い稼ぎかと思いますが、頼もしい限りだと思いました。
職場の雰囲気は悪くないようですが、それでも働いてお金を得るのは楽なことではないので、その大変さは想像出来ます。
人前に出ることが苦手で、繊細な神経の持ち主であるA子ちゃんならなおさらのことだと思います。

A子ちゃんは大人びたきれいな子で、自分の意見もしっかり持っていて、それを自分の言葉で表現出来るので、同年代の子よりしっかり見えます。
それだけに、内面の弱さや、相手の身になって考える本当のやさしさ、深さが、わかりづらいところがあります。
元気そうにしていても空元気であることが時に感じられます。
つらいのに何でもない振りをしたり、泣きたいのに強がってしまうところは変わっていないように感じられました。
人に弱みを見せたり、素直に甘えられるようになると、A子ちゃん自身、もう少し楽になる気がしています。

アルバイトまで出来るようになったのだから、もう大丈夫ということではなく、無理をしないで少しずつ進んでいってほしいと思いました。
A子ちゃんが望んでいる自立も、ずっと先のことにして、その時期が来るのを待つのが一番かもしれません。

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3人目は、今から10年前、家庭塾を本格的に始める前に大学受験で現代文を教えた(ブログでは「読み、書きから大学入試へ」で紹介した)Kちゃんです。
彼女は不登校や学力不振ではなく、中堅の私立高校で3年間部活に明け暮れていたため、受験勉強に出遅れてしまい、浪人することになった生徒でした。
小学校の先生になるのが夢だったのですが、やる気がイマイチだったことと、文章を読んだり書いたりすることが苦手とのことで、知り合いの家庭教師の先生から頼まれての仕事でした。
受験が近づいても、出した宿題をやってこないなど、甘いところが多々見受けられたので、「国立はとても無理だから、私立だけにしなさい」と本気で叱り、泣かせてしまったことも今となってはなつかしい思い出です。

そんなKちゃんも、今では立派な小学校の先生6年目で、去年、家を出て、本当の自立を果たしました。
小学校の先生は仕事が多くて大変だとよく言われていますが、Kちゃんも朝8時前に家を出て、家に帰るのは毎晩9時過ぎだといいます。
それでも、全くグチや泣き言を言わないのは、無理をしているのではなく、先生という仕事が本当に好きなんだと思います。
会う度に、生徒たちがかわいいと言っています。特に気に入った生徒も、合わない生徒もいなくて、みんな一様にかわいいそうです。
若くて、きれいで、威張ったところが全くないKちゃんは、きっと生徒からも慕われていることでしょう。

以前は、生徒や父兄よりも職員室の人間関係の方が大変だと言っていましたが、今は問題のある先生のもとで、学級崩壊に陥っている隣のクラスの生徒のことに心を痛めています。担任ではなくても、これまで教えた生徒も含まれているからだと言っていましたが、恵まれない家庭環境の子や、その親のフォローもしているのは、Kちゃんの人間的な温かさからだと思います。

結婚の予定についても尋ねてみました。「彼とは別れました。頼りなく思えてしまって。頼りなかった私が、こんなことを言うなんてと思われるかもしれませんが…」
確かに、出会った頃は、Kちゃんは本当に頼りない感じで、性格の良さは保証出来るものの、やんちゃな男の子や、きつい感じの保護者に対応出来るのかと、アンも内心では心配していました。

けれど、付き合っていた相手のことを頼りないと思えるほど強くなったのだと思いますし、沢山のつらいこと、苦しいこと、悔しいことを経験しながら、負けなかったからだと思います。

K子ちゃんが生徒だった頃は、あまり意見を持たない生徒だったので、アンが一方的に話していましたが、今ではKちゃんの話を聞くほうが多くなっています。
一人ひとりの生徒や保護者と真摯に向き合っているKちゃんの話は共感出来きますし、時間を忘れるほど楽しく、また、教えられることも多々あります。

Kちゃんはまだアンを先生と思ってくれているようですが、アンにとっては年の離れた友達、話し相手という感じです。



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家庭塾卒業後の生徒たち(1) [生徒]

不登校の生徒たちにとっては、安心して過ごせる夏休みも終わり、2学期が始まって2週間余り経ちました。
夏休み明けからは学校に行こうと決心し、何とか通えている生徒もいれば、やはりだめだったという生徒もいるかと想像しています。
どちらがいいか、悪いかの問題ではなく、「今それを選んでいる自分」を認めることが大切だと思います。

この夏休み中に、家庭塾を卒業した3人の生徒が訪ねて来てくれて、それぞれの生徒の成長を目の当たりにしました。

1人目は、中学1年の夏休み明けから不登校になり、中学3年の秋から大学受験まで家庭塾に通って来ていたR子ちゃん(「2012年、チャレンジ高校受験を振り返って(3)」、「チャレンジ高校受験から大学合格まで」で紹介)です。

大学に入ってからは初めて会ったのですが、意志が感じられるしっかりした顔つきになっていて、初めて家庭塾に来た時の、生気がなく、おどおどした感じはなくなっていました。

チャレンジ高校では午後の部に通っていたので、授業も午後1時から午後4時半位までと時間も短かったのですが、大学では部活にも入ったので、午前8時位に家を出て、帰宅が8時位になる日もあるといいます。
R子ちゃんにそこまでのエネルギーがあるとは思っていなかったので、感心するしかありませんでした。
勉強もレポートの提出や試験など、高校とは比べものにならないほど大変で、運動系の部活では怒られてばかりとのことでした。自分が一番怒られているとも言っていました。

これまでのチャレンジ高校も、そしてR子ちゃんのご家庭も温室だったと思うので、R子ちゃんにとってはハードルの高い大学生活になっていると思いますが、乗り越えられると思いました。

このようなハードな生活の中で、長期間飲んでいた薬を飲まなくてすむようになったことも、大きな進歩だと思います。
アンはかねてから、R子ちゃんの薬には反対の立場を取っていたのですが、この日、R子ちゃんとお母さんが真っ先に薬の中止を報告してくれました。

また、チャレンジ高校を受験する際に、「受かるとは思うけど、今のままのR子ちゃんだったら、受かっても通えないと思うから、お母さんと一緒に来るのではなく、家庭塾にも1人で来られるようにしましょう」とアンが言った言葉が、R子ちゃんが前に進むきっかけになったと、お母さんが言ってくださいました。

R子ちゃんに、「いつ頃から、小学校や中学時代のいじめのトラウマが薄れてきた?」と尋ねると、「高校3年の時はまだだったけど、4年生になってから大丈夫になってきた」とのことでした。
アンは、R子ちゃんの通っていたチャレンジ高校の文化祭に4年連続で出かけていたのですが、それまでの3回とは異なり、4年目は顔の硬直もなくなり、客にもきちんと対応出来ていて、アンにも笑顔を見せる余裕も出てきていました。
その変化には、ご両親も気づいたようです。

不登校から立ち直るには、不登校だった期間と同じくらい年月がかかると言われていますが、R子ちゃんもそのケースで、チャレンジ高校に入学したからといって一気に解決するものではないように思います。

R子ちゃんの今があるのは、高校に通う過程で、体調が悪くなるほど悩んだり、苦しんだり、または不安にかられたりしながら、その都度、弱い自分と向き合い、小さな挑戦と努力を積み重ねてきたからに違いありません。

R子ちゃんは望んでいないと思いますが、大学の部活ではもっともっと怒られたり、失敗する経験を重ねてほしいと思っています。
いまはまだつらいと思いますが、そのうち慣れてくると思いますし、完璧な自分より、だめな自分も認められるようになることが、将来、社会で生きていくための力にもなると思うからです。



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高校卒業 [生徒]

この3月、高校受験の時に関わった生徒の6人が高校を卒業しました。
都立チャレンジ高校が5人(3年卒2人、4年卒3人)、通信制サポート高校が1人です。

チャレンジ高校の生徒のうち2人については、高校受験からこれまでずっとアンのところに通って来ていたので、アンにも感慨深いものがあります。節目、節目でその時々の悩みやつらい気持ちをアンに話しながら、最終的には進路指導にも関わることになって、Aちゃんは公募推薦で中堅の私大へ、B君は厳しいことで知られている調理の専門学校にAO入試で合格しました。
2人にとって高校卒業までの道のりは楽なものではなかったと思いますが、よく頑張ったと思います。
この先もまだまだ道は続くわけですが、泣いたり、転んだりしながら何とかやってきたこれまでの経験を活かして、少しずつでも前に進んでいってほしいと思っています。

C君は、中学1年から高校受験までアンが家庭教師をした生徒で、住まいが東京都ではなかったためチャレンジ高校に進学する資格がなかったこともありますが、指導当初から通信制サポート高校を勧めた唯一の生徒でした。一緒にC君を指導していた家庭教師の先生や、同居しているC君の祖父母からは、それでは家庭教師をつける意味がないと文句を言われましたが、アンにはC君にはその通信制高校が一番合っていると思えたのです。
C君は不登校ではなく学力不振でしたが、アンがこれまで関わってきた生徒の中でも最も深刻な学力不振だったために、仮にC君を受け入れてくれる私立高校が見つかったとしても、勉強についていけずに、卒業出来ないことが目に見えていたからです
先日、C君のお母さんから卒業を報告するメールをいただきましたが、アンから勧められた高校に進学して本当に良かったと書いてありました。C君はその高校で楽しく有意義な3年間を過ごしたということです。勉強だけで判断するのではなく、C君の性格の良さや、よい面を伸ばしてくれる学校だったのだと思います。

C君は推薦入試で大学に合格し、4月からは大学生になります。
C君のお母さんからは大学受験の指導も頼まれたのですが、誰でも合格出来そうな大学に入学することに対して、アンが懐疑的だったためにお断りしました。
勉強に拒否反応を持っていたり、向かない生徒が大学に進学しても得るところがないというのがアンの正直な意見です。
けれど、人は環境によって変わるし、成長もしていくものなので、4年後にC君が大学に行って本当に良かったと思えるようになることが、アンの心からの願いでもあります。

D君はチャレンジ高校の受験の時に指導した生徒です。一般入試で大学に合格したことは人づてに聞きました。入学した大学については何とも言えませんが、C君についても、D君についても、どこの大学に入学したかというより、4年間でどういう力をつけるかの方がはるかに大事だということを忘れないでほしいです。

E君と、F君はチャレンジ高校の生徒でしたが、2人が受験した年度は生徒が多かったために、アンが指導したのは1,2回で、別の先生にお願いした生徒でした。
それだけに、高校在学中は交流もなかったのですが、先日、2人の就職が決まり、4月から社会人になるということをご父兄から聞きました。
堅実な選択だと思い、さわやかな気持ちになりました。
詳しいことはわからないのですが、もしかしたら、E君もF君も大学に進学したい気持ちもあったかもしれません。
仮にそうだとしても、勉強は本人がやりたいと思ってからでも遅くないので、その時に考えればいいことだと思います。


高校を卒業した6人が、失敗や挫折を繰り返しながら、それぞれの進路で成長していってほしいと思っています。


追記;今日3月23日、上記に書いたC君から卒業式の写真と、卒業文集が届きました。2年振りに見るC君は背もかなり伸び、スーツ姿も絵になる立派な若者になっていました。卒業文集にも、高校がC君の個性を伸ばしてくれる学校であったこと、わかり易い授業によって学習意欲が湧き、中学の時とは比べものにならないほど、楽しいい高校生活を送れたことなどが、説得力のある見事な文章で書かれていました。 このような文章が書けるようになったC君なら、大学でも何かをつかんでくれるのではないかと期待できます。 C君についての上記の文章は撤回したほうがいいかもしれません。 生徒は止まっているのではなく、成長していくのだということをまざまざと見せつけられたような気がします。 一気に明るい光が差し込んでくるような、幸せな気持ちになりました。


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不登校の生徒のキモチ [生徒]


もう2か月近く前のことですが、ある区の適応教室に通う不登校の生徒たちの劇を見てきました。
どうして不登校になったのか、学校に行かなくなってから家でどう過ごしていたか、自分をどう思うか、生徒に対する親の姿勢はどんなだったかなど等、生徒自身が自分たちの本音をそのまま語っているような劇でした。

その中から、印象に残った言葉をメモしてきたので(言った通りの言葉ではありませんが、ニュアンス的には同じだと思います)、それを下記に書きます。

・在籍校の人には会いたくない。無理に学校に誘われる気がして……本当は行きたいのに行けなくて、自分が一番つらかったから……

・部活でいじめられて、学校に行くのがつらくなって不登校になった。オレをいじめるのはやめてくれ!

・すごく怖い先生がいて不登校になった。

・家では、テレビを見たり、マンガを読んだり、好きなことばかりしていた。お母さんはいつも怒っていたし、家にいるのもつらくて、何もかも嫌になった。

・高校に入れるかなとか思って、勉強しないと不安だから家では結構勉強している。やるべきことをやらないでいる自分に罪悪感がある。

・学校に行きなさい、行かないなら家で勉強しなさいと、親はガミガミうるさいよね。
なんで、親って黙ってられないんだろう。

・でも、親は将来のことを考えて、色々と言ってると思うの。親と口論した後は少し罪悪感が湧いてしまう。

上記の言葉はみなネガテイブな言葉ですが、生徒がマイナス言葉を安心して出せる場所というのは、いい環境だと思います。ネガテイブな気持ちに蓋をしないで、それを表に素直に出せるようになって初めて、前に進むことが出来ると、アンは思っています。生徒たちは、適応教室に自分の居場所を見つけ、少しずつ元気になって、舞台でしっかりとセリフが言えたのだと思います。

その後の場面では、自分たちが通っている適応教室が安心して楽しく通える場所であること、いい先生方がいること、友達ができたこと、元気になったこと、自分をダメな人間なんだと思わずに自信がもてるようになったことなど、プラスの言葉で語っていました。


適応教室にもいろいろあるようですが、この劇を上演した生徒たちが通っている教室は、生徒たちを理解し、生徒の力を伸ばすために頑張っている先生方がいらっしゃるのだと想像出来ました。
舞台上で自分の気持ちを言葉にして、しっかりと発表出来たことは素晴らしいことだと思います。生徒本人はもちろんですが、先生方のお力もあったと思います。

また、アンは生徒だけでなく、お母さん方ともお話ししているので、両方の気持ちがわかります。
学校に通えないで、家でテレビやゲームばかりやっていても、生徒は決してそんな自分をいいとは思っていないこと、勉強するにしても何をどうやっていいかわからないということ、出来ることなら学校に行きたいと思っていること等です。
一方、お母さん方は、本当は黙って見守っているのがいいとわかっていながら、学校に通っているよその子と比べて怒ったり、責めたりしながら、学校に行くこと、行かないなら家で勉強することを強要してしまいます。

それを解決するにはどうしたらいいのでしょうか。
子どもが最悪の状態から少しだけ脱して、このまま不登校を続けるのもいやだなと思う気持ちが出てきた時に、適応教室なり公共の相談機関などに出向くなどして、とにかく行動を起こすことだと思います。
何事もそれにふさわしい時期はあると思うので、焦せる必要はありませんが、悩んだり、考えているだけでは道は拓けないのではないでしょうか。



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海外留学 [生徒]

去年、チャレンジ高校に合格した生徒が、昨日、海外の高校に留学するために日本を出発しました。
そして、今日、ホームステイ先に着いたというメールをもらいました。
「これから、猛勉強していきます」という彼の言葉に、彼のやる気が表れているようでした。

去年の夏、語学研修に行き、質問や意見が活発に飛び交う授業風景に心を弾ませ、人の目を気にせず、自分の意見をきちんと言ったほうが認められるという生徒同士の関係を、生き生きと話してくれた彼の姿が印象に残っています。

頑張って合格したチャレンジ高校をやめて、海外で新たな高校生活をスタートさせることにした彼の勇気と、送り出す保護者の決断に、アンも夢をもらったような気持ちになりました。

彼には、大きな夢があります。
夢を実現させるのは簡単なことではないと思いますが、希望を胸に旅立っていった、彼の前途に期待したいです。

そして、彼と一緒に英語をやって痛感したアン自身の英語力の不足を、何年先になるかわかりませんが、今度、彼に会える日までに、納得できるレベルにまでもっていきたいという、新たな目標もできました。


私が変わった3年間 [生徒]

今回の記事は3年前にチャレンジ高校に不合格になり、毎日通う通信制高校に進学したUちゃん(「2010年度チャレンジ高校受験を振り帰って(2)」)が、これから家庭塾に通ってくる生徒や、現在自分に自信がもてずに悩んでいる人への励ましも込めて、家庭塾に記事を寄せてくれたものです。
Uちゃんはこの春に高校を卒業し、4月から調理師をめざして専門学校に入学します。

Uちゃんは生きづらさや学ぶことに困難を感じていたディスレクシアの女の子でしたが、この3年間で見事に変身していました。
チャレンジ高校の合格を目指してアンの家庭塾に通って来て、たとえ不合格になっても、本人が精一杯努力した結果であれば、必ず道は開けるし、縁あって入学した高校が本人に一番合った高校だと、アンは常々思っているのですが、Uちゃんはまさにそのことを証明してくれました。



私が変わった3年間

高校に入学する前の私は自分にとても自信がない子でした。

私の姉と兄が自分たちのストレスを末っ子の私にぶつけていたことが中学までありました。その時に私の意見は言っても全部否定されていました。怒られるのが怖かった私は、姉・兄・母に言われたことだけを聞くだけで自分で物事を考えない、自分の意志を失くした子になっていました。

嫌いなものから逃げて、楽しい事は大好き。自分がやられて嫌な事は人にしないという本能に刻まれたまま生活していたのです。

そんな私は、受験する学校の為、秋にanさんの塾に通うことになりました。

anさんの元で勉強をしていくうちに、私は「自分で考える」という力をほんの少しずつ取り戻していきました。そして、高校が決まる前にanさんは私の気持ちを代わりに母に伝えてくれました。そのことがあってから私は母と面と向かって話せるようになり、自分の中で自信が芽生えてきた状態で、高校の入学式を迎えました。

私はここで変わろうと決意を持ちました。その決意というのは「自分らしくなろう」ということ。そこで、入ってすぐ初めに部活に入ることにしました。軽音楽部に入った結果、バンド内の問題で、数ヶ月しか経っていないのに退部してしまいましたが、友達が2人できました。そのうちの一人、Y君は私にとってとても大きな存在になりました。

Y君は大人しくて、とても優しい、笑顔がとても可愛い男の子でした。3年間ずっと同じクラスで、いつもあまり喋らずただ隣で笑っていてくれました。私にとってそれは3年間大きな支えとなりました。それが、高校の中で一番大切な出会いでした。

Y君をはじめとして、たくさんの人と仲良くなりました。私はゲームが好きで、特にカードゲームがその頃とても大好きでした。近くの席の男の子もカードゲームが好きということがわかり、その子に話をかけて仲良くなり、教室で一緒にカードゲームをしました。それを見て興味を持った男の子たちが周りに集まって来て、そこで数人の男の子と仲良くなりました。その人たちも3年間一緒のクラスで、皆でゲームの話をしたり、ふざけたことをして笑いあったりして楽しい高校生活を送りました。

私は女の子が苦手でしたが、7人くらいの女の子とも仲良くなりました。一人一人深い悩みを抱えていましたが、皆素直で友達思いの子たちでした。
そうして仲良しをどんどん作っている間に本能でやっていたことが凄いことだったこともありました。私は人の笑顔を見るのがとても大好きですが、その思いで人を救ったようなことをしたことが数回知らないうちにやっていました。

1年生の頃の話です。友達ができず、一人でぽつんと過ごしてた人たちも私のクラスにはたくさんいました。どうしても私は「本当に笑ってるところが見たい!!」という思いがあって、一人になってる子と一緒に笑いたいと思い、自然と声をかける習性がありました。そして一人でいる子たちとも仲良くなったりしました。

ある日、その内の一人のT君が学校に来なくなりました。「最近T君来ない、どうしたんだろう。」と心配になった私はT君の自宅に電話をかけ、「最近学校来ないから心配になっちゃって。大丈夫?具合悪くなったの?早く元気になってね!」と話すと、T君は「大丈夫だよ、ありがとう!」と言ってすぐ切りました。その翌日、彼は電話した前にいた時よりも生き生きとして元気よく学校に通うようになりました。その日のうちに担任の先生に呼び出されました。先生は私に「彼に電話をありがとう」と言いました。何故T君に電話したことを先生は知っているんだろうとびっくりし、事情を聞きました。「クラスの子に悪口を言われて来なくなった。そこにUさんが心配して電話をしてくれたおかげでT君は学校に来てくれたんだ。T君の両親に私はそのことを聞いて、二人に“Uさんに有難うと言ってください”って言われたんだ。私からもお礼を言うよ。本当にありがとう」と先生は言いました。

私は自分の行動で他の子が元気を取り戻してくれたということを聞いて、本来の自分の「ちから」に驚きました。それからもずっと私は自分のやりたいようにやっていくうちに、この3年間は私の周りにはたくさんの笑顔が満ち溢れていて、幸せな時間を過ごせました。

私は1年の時に、「自分の将来の道を自分で決めよう」と考え、3年になるまでに自分の進みたい分野を探しました。3年になって、私は調理師の免許を取って、人が自然と幸せな気分になってしまうおいしい物を作ろうと思い、調理師の専門学校に入ることを決めました。3年になってから、苦手でも一生懸命に勉強して、無事推薦で合格しました。

高校を入学してから3年間が経ちました。最初の時とは驚くほどに自分は変わり、今では卒業式に校歌の指揮者をしつつ歌って、卒業生の歌で伴奏を自分からやると言える程、自信を持ちました。

今、卒業した私はこう思います。

あの学校で良かった。あの仲間たちに出会えてよかった。
これからの仲間とも出会いたい。たくさんの本当の笑顔を見たい。

自分はやればできる。だからこれからも自信を持って、自分の道を歩んで行こう。

私の道は、私が作るものだから。

今の私は自分の成長を感じることがとても楽しくて大好きです。

もしも、自信が持てない人がいたとしたら、これは覚えていてください。

“人は皆変われるんです”

それは難しいことだろうけど、山を乗り越えなくては成長はできません。自分から変わろうと思ってください。

私は一人の力で変われたわけではありません。周りに大切な人たちがいたからです。私を支えてくれた両親がいたからです。今の私ができたのは兄と姉がいてくれたからです。皆がいたから、私がいるんです。

それに、自分が変わるだけで周りの人も知らないうちに変わるんですよ。

これを読んだ貴方も変わったりしてるんですよ。

自分のことを大切に思ってください。どんな人でも、自分に刺激をくれた人に感謝を忘れないでください。

その身体は、貴方のものでもあって、親からだけではなく、周りの人から貰ったものです。私は忘れません。この感謝の気持ちを。

最後に、もしかしたらこの一言だけで自分が変わる、周りの人が変わる、合言葉を添えておきます。“「ごめんなさい」より、「ありがとう」。”

皆、「ごめんなさい」と言われるよりも「ありがとう」と言われる方が誰だって嬉しいのです!


これを読む貴方も、その一言をつぶやきでもいいから、言ってみてください!
何かが変わったことが、感じるはずです。

ぜひ、言ってみてくださいね!!


<Uちゃんの言葉>

アンにとっては何よりもうれしい上記のステキなプレゼントをもって、成長した姿を見せに家庭塾に現れたUちゃんからは、いくつもの印象に残る言葉を聞くことができました。


中学までは勉強は大嫌いで、嫌だ、嫌だで拒否反応があった。頭に入れたくもなかった。だけど、高校に入ったら、そこにいるだけで支えてくれる面倒見のよい先生方と仲間たちがいて、自分が変わっていけた。
あんなに嫌いだった勉強も、調理師の専門学校に推薦で入りたいと思って頑張ったら、数学は100点、国語も90点取れた。自分でも頑張ったとしかいいようがない。


あれほど記憶が苦手だったのに、やる気になったら覚えられるようになった、学習障害も直ったと思う。(Uちゃんの言葉から、自分の気持ち次第で脳も変わるということが、アンには信じられる気がしました。)

アンの家庭塾に対しては、「子どもに変わってほしいと思うからこの塾に入れる。子どもも自分が変わりたいから、高校に合格したいと思うからここに来る。自分探しをして自分が変わり、自分を受け入れて、少し自信がもてるようになる。」






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友達できた! [生徒]

チャレンンジ高校に入学してからも「家庭塾」に通い続けているR子ちゃんが、自分の今の気持ちを絵に表現しました。
入学した当時は、自分に合いそうな友達なんて一人もいないと言っていたR子ちゃんでしたが、一緒に帰る仲良しの友達もできました。時には喫茶店で話して帰ることもあるようです。
アンのところにおいてあるR子ちゃん用のノートに、「来週もまた頑張る」と、毎週毎週書き続けて、1学期間通い通せたという感じです。部活にも入りました。
初めてアンのところに来た頃と比べたら、はるかに元気になり表情も生き生きとしてきました。

けれどまだ、自信はもてなくて、友達とうまく話せないと感じたときや、会話が途切れたりすると、自分は本当に友達に好かれているのかと不安になったりするようです。クラスのみんなからどう思われているのかも気になります。
辛くなったり、疲れてしまったり、不安になったりして、その後にまた元気になるという繰り返しです。

それでも、この先、学校はもっともっと楽しくなっていくはずですし、友達との友情も深まっていくと思います。
また、負けず嫌いのR子ちゃんのこと、勉強も頑張るのではないかと、それもアンにとっては楽しみです。

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希望 [生徒]

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「2012年、チャレンジ高校受験を振り返って(3)」のR子ちゃんが、高校入学に向けて絵を描きました。

以下はR子ちゃんの言葉です。

私は「不登校にさようなら」して、桜咲く朝陽の中、高校に入学します。
不安もいっぱいあるけれど、好きになった自分で前に進んで、楽しい学校生活を送りたいです。

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らくがき [生徒]

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最近は、アンの仕事も忙しくなっていて、これまでに指導した生徒の様子を知りたいと思いながら、現在の生徒で手一杯の毎日で、なかなかこちらから連絡を取ることができずにいました。
そんな中、「2010年、チャレンジ高校受験を振り返って(3)」のA子ちゃんが1年ぶりに訪ねてきました。
人と顔を合わせるのが苦手で、一歩外に出ると顔が硬直してしまい、それを人に見られたくなくて、アンと出会った頃は常にマスクで顔を隠しているような女の子でした。

ところがA子ちゃんは、顔のことは顔のこととして、去年の10月からアルバイトを始めました。すんなりと決まったわけではなく、何度か面接試験に挑戦し、それで決まった仕事です。多いときには週5日、現在は日にちは減ったものの、その中華料理店での仕事は続いているそうです。大学に進学することも考えています。

高校1年の頃は、どうしていいかわからなくなるとアンに電話で相談してきたのですが、今では一人で解決出来るようになったといいます。

この4月からAちゃんは高校3年生です。
現在の自分の気持ちを、「らくがき」という形で残していきました。
真面目な文章を書くのは照れ臭いとのことで、この「らくがく」になったのですが、2年前の気を張りつめていた頃に比べると、かなり余裕が出てきて、ずいぶん成長したなと思いました。

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